みやけばなし

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手乗り地蔵か位牌かはく製

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小学生のころ、塾のイベントでもらった小さな紫水晶アメジスト)の石を大事にしていた時期があった。たまに神社の手水で洗って、千代紙で作った小さい箱に入れていた。悪いと思いつつ、学校に行くときもポケットに入れて持っていった。手乗り地蔵のようなもので、何となくそれを持っていると安心した。落として割れでもしたら死んでしまうような気さえした。すごく大事にしていたのだが、いつの間になくしてしまったのだろう。

 

 人を大切にするのはものすごく難しいが、物を大切にするのは簡単だ。傷つけないように大事にして、なくさないようにすればいい。これが人だと傷つけなければいいとは限らないから難しい。人相手の場合、ときには傷つくかもしれなくても思っていることを言わなければならない時もある。物はこちらが大事にしていれば勝手になくなったり死んだりしない。なくなるのは大事にしていないか、それが必要なくなったからだ。

 

 物はいつも暇をしているというのも良いところだと思う。物はだいたいの場合素直だし、自分が何なのかをよくわかっているので、どんなにくだらない思想をぶつけられても受け止めるだけの懐がある。人間は自分が何者なのかわかっていないから、人の話を落ち着いて聞くということがものすごく難しい。人間は死体になって初めて存在が確定するのではないかと思う。自分の子供について「眠っているときが一番可愛い」という親がいるが、眠っている子供は半分『物みたいな状態』にあるからではないか。しかしそういう親も、子供が実際に死んで死体になったら悲しむ。人が人を愛するときは、相手の可変性も含んで愛している(ことが多い)。死んだペットをはく製にすることをどう思うかは、ペットへの愛にどの程度の割合で可変性を加味しているかで変化するから、人によってまちまちなのだ。

 

 どんな人にも、一つの箱が必要なのだと思う。その箱の中にはこの世の素晴らしいものの全てが詰まっていて、その箱を自分が持っているから生きていられるというような。

 もし今家が火事になったら、何を持って逃げるか?現金?スマホ?壁にかかっている絵?もらった手紙?『逃げない』と答えた人は、まずは自分を大事にして下さい。