描くというケツイ

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 2か月ほど前にUNDERTALEというゲームにめちゃくちゃハマってしまい、最近はTwitterに別アカウントを作ってその二次創作ばかり描いている。二次創作の絵を描くのは実は中学生以来だったりする。描きたいと思えるほどハマった漫画やアニメがなかったというのもあるが、なんとなく「二次創作は邪道、一次創作じゃないと描く意味がない」という無意識の縛りを自分に設けてしまっていたような気もする。

 それが、久しぶりにキャラクターの名前でGoogle検索をかけてみたら、出るわ出るわ、美麗なデジタルイラストの数々。十数年前とは比べ物にならないくらい作画ソフトの技術が進歩しているのだと実感させられた。その中で本当にものすごいイラストを見つけてしまい、「こういう絵が描けるようになりたい、この絵はアナログのペンだけじゃ絶対に描けない」と思ったら、いつの間にかずっと敬遠していたPhotoshopを開いていた。

 

 私は物分かりが悪い上に友達も少ないので、何か新しく趣味を始めようとしても出だしでよくわからなくてすぐ諦めてしまうことが多い。しかし、結局描きたい題材が見つかればそんなことは些細なことでしかなかった。Photoshopはまだほとんど使いこなせていないが、絵を描くのが楽しい、もっと新しい表現ができるようになりたいという気持ちだけで今のところ描けている。恐ろしいのは、いつこの気持ちが冷めてしまうかわからないということだ。きっといつか、UNDERTALEにも飽きてしまうときがくると思う。自分が飽きる前に今思いついているアイデアを全部描きだしてしまいわないと、結局描かないで終わってしまうだろう。それが怖くて、追われるように描いている。

 

 二次創作のいいところは、作品を好きな人が無条件に目を留めてくれるところだ。私のことを全く知らない人でも、#undertaleのタグをつけておけば私の絵を見に来てくれる。一つのキャラクターを多くの人が解釈していろいろな絵柄で表現しているのを見るのも楽しい。いろんな人の絵を見て「ここが良いな」と思ったところをかき集めていくと、自分が描くものに対する自分の満足度がどんどん上がっていく。感無量だ。

 

 絵は、完全に一人で完結できる。どんなに周りの人とうまくいかなくても絵は一人でも描くことができる。描きたいものがあって、それを描くことが楽しい人は、死ぬことができない。今日は「仕事をさせてくれ」と言いながら死んでいった手塚治虫先生の命日だが、自分は死ぬまでに、目が見えなくなるまでに、あるいは描くという『ケツイ』がなくなるまでにあと何枚絵が描けるのだろうか。考えているうちに描いた方がいい気がしてきた。