【注意!】
この考察はディズニー映画『アラジン』及び『アラジン(実写版)』のネタバレを多分に含みます。未鑑賞の方は鑑賞後にお読みいただくことを強く推奨します。
皆様お久しぶりです。
実写版アラジン、公開されましたね。三宅は公開した週の日曜日に早速二回見てきました。吹替と字幕を1回ずつ。最高だったのでもう一回ずつ見に行く予定です。
凄まじい映像美、山寺宏一氏の吹替、ウィル・スミスの青さ等については既にいろいろな人が絶賛しているところですよね。なので、この考察では『アラジンと法律』をテーマに、実写版のどこがすごいのかを熱くかつ手短に語っていこうと思います。
1.3つの願いの内容
テーマは法律ということで、「ジーニー」と「ランプをこすった者(以後、所有者)」について、願いを叶える/叶えてもらうという契約を結んでいる関係と捉えてみます。
この契約に基づいて、アラジンとジャファーがジーニーに願う「3つの願い」の内容は、アニメーション版・実写版間でほとんど同じでした。
アラジン ①王子にしてくれ
②助けてくれ
③ジーニーに自由を
ジャファー①この国の支配者にせよ
②最強の魔法使いにせよ
③最強のジーニーにせよ(アニメ)/宇宙で最強の存在にせよ(実写)
しかし、アニメーション版でアラジンが3つめの願いを言おうとしたとき、ジーニーが不可解なことを言うのです。
「最後の願いが残ってる。さぁ、それで王子に戻れよ」
これ、何か引っかかりませんでしたか?
「あれ?一つ目の願いで王子になったのにまた同じことを願わせるの?」って。
ランプの所有権がジャファーに移ったから、効果がなくなったのでしょうか?でもだとしたら願いのカウントも1からカウントされて然るべきですし、やはり前契約の効力はまだ続いているとみなすべきでしょう。じゃあなぜジーニーはこんなことを言ったのか?
アニメ版だとあまりストーリーに関係してこないのですが、実はジーニーの契約はあくまでもジーニーと所有者の間での私人間契約でしかないために、公的な効力がありません。このことは、物語の終わりでサルタン王が「王女は自分の結婚相手を自由に選んでよいものとする」と法律の改正を宣言したことからわかります。
ジーニーの魔法にはアラジンを美しく着飾ったりパレードを演出したりすることで王子「らしく」みせる効果がありました。しかし肝心の法的効力がなかったために、契約者以外の第三者(ここではサルタン王やジャスミンや国民)に対して、契約の効力を主張して(アラジンを王子だと)認めさせることができなかったわけです。このようなことを、法律用語で「第三者対抗要件を満たしていない」といいます。
2.ジャスミンとハキーム
対する実写版のジーニーは、契約の性質は変わっていないのですが、所有者に対してかなり誠実になっています。
(1つめの願いを叶えたあとではありますが)アラジンに「見た目は変えたが中身は何も変えていない」とちゃんと教えてくれますし、ラストシーンでも「王子に戻れ」などという抽象的な指示ではなく、「法律を改正して」ジャスミンと結婚するようアドバイスしてきます。このあたりの描写が細やかになったことで、ジーニーの魔法の性質がよりわかりやすくなり、アニメ版のモヤッと要素が解消されたわけです。これは明らかな改善点だと思います。
ところで、ジーニーの契約が第三者対抗要件を満たしていないことを見抜いていたのか、実写版ではこの穴を突くようなアクションを起こした人物がいました。
ジャスミンです。
物語の終盤、ジャファーは1つ目の願いを使って支配者の地位につきますが、ここでジャスミンは驚くべき行動に出ます。軍を統括するハキームに、ジャファーの命令を無視するように指示するのです。先程確認したとおり、ジーニーの魔法はあくまで私人間契約ですから、公的な効力がありません。つまり、ジーニーに「支配者にせよ」と命令したところで、国の法律や公的文書の上ではジャファーはまだ国務大臣であり、王ではないのです。支配者になったように見えるのはあくまで身なりだけ、しかも部下がいうことをきかないのではどうにもなりません。ジャスミンの命令を受け入れたハキームはジャファーに反逆し、「大臣を捕らえよ」と部下に指示します。ハキームのこの言い方からも、「お前を王とは認めない」という強い意志が感じられます。というか指示したジャスミンがすごいですよね。筆者がこの映画の中で一番好きなシーンです。まさに女傑と言って差し支えないでしょう。
3.まとめ ~契約書を書こう~
ジャスミンがすごいということは言い終わりましたが、じゃあアラジンはどうすればよかったんでしょうか。
実写版のジーニーは、アラジンに対してかなり親切です。歌で一度説明したのにもう一度話し言葉でも同じことを繰り返してくれますし、「わからないことは聞いてくれ」とまで言ってくれています。それなのにアラジンがジーニーをいまいちうまく使いこなせなかった理由として、願いがあまりに抽象的すぎるということがあると思います。
実際の契約でも、その契約でどのような目的を達成したいのか、履行期間はいつからいつまでか、契約違反があった際はどう対応するのかなどをきちんと契約書として残しておかなければ、業者は適当な仕事しかしてくれません。特に願いを叶えたことで被る可能性がある損害については、保守内容として明確に書くべきです。
まぁそうは言っても、実写版の願いの作法は「ランプをこする、願いを言う、以上」と説明されていたし、契約書形式では受け取ってもらえないのかもしれませんけどね…
「紙に書いた長い願いだって たちまち叶う」…
契約書を、書こう!
(おまけ)
(ジャファーの3つ目の願いは、アニメ版だと「最強のジーニーにしろ」だったけど、実写だと「宇宙で最も強い存在にしろ」だった。しかし、結果は どちらも同じで、ジャファーはジーニーになり、ランプの中に閉じ込められてしまう。
実写版のジーニーはアラジンに「そっち(金や権力)の方はやめといたほうがいい」とたしなめていたが、ジャファーは悪い例をぶっちぎっていった結果になる。
思うのだが、これは、ランプを作った者が設けた、一種の天井なのではないか。
つまり、この世界の「最強の存在=ジーニー」と値を規定しておくことで、ランプを使って最強の存在(要するに神)になろうとする者を牽制しているのではないか。最初にランプに入っていた青いジーニーも本人が忘れているだけで、大昔にジャファーと同じように力を求めすぎてジーニーにされてしまった、ただの人間だったりして…
そう考えると、ジーニーの『誰かに自由になってほしいと願ってもらうことでしか人間に戻ることができない』という制約も、違った意味合いに見えてくる。
(実写版アラジン 考察『アラジンと法律』 終)